桃配山・徳川家康最初陣跡

 
 

二大戦の陣跡

「桃配山」は国道21号線を挟んで中山道の松並木のほぼ向かいにあります。実は「桃配山」は二大戦の陣跡と言われています。家康は関ケ原合戦早朝に、赤坂から桃配山に兵を移動し、桃配山の中腹に陣を敷きました。この山は、関ケ原合戦以前の壬申の乱にて、勝者である大海人皇子が野上行宮より出陣し陣を敷いたという言い伝えがあります。家康は縁起を担ぎこの場所に陣を置いたといわれており、関ケ原の合戦時に徳川家康が使用したとされる腰掛石と机石が今も残っています。合戦当日の朝、小雨が降り1m先も見えないほどの濃い霧が立ち込めた関ケ原、この場所に立った家康は果たして勝利を確信していたのでしょうか。
 
 
 

桃を配ったのは、大海人皇子

壬申の乱の時、大海人皇子に村人より山桃が献上されました。大海人皇子は、その山桃が非常に美味であったので、兵士の士気を上げようと大量に購入し配りました。その故事により「桃配山」と名づけられました。山桃は今も桃配山で見ることができ4月から5月ごろに小さな白い花をつけます。6月ごろに暗赤色の実を付け、遠くから見るとツヤがあり、小粒の赤いビーズを一面に並べたように見えます。
 
 
 
エリア 野上(駅東)
住所 関ケ原町大字野上1424-1
駐車場 8台
WC なし
アクセス R21一ツ軒より東へ200m

周辺地図


より大きな地図で 関ケ原観光Web を表示

 

関連キーワード

行宮大海人皇子壬申の乱関ケ原の戦い徳川家康中山道野上桃配山

 

観光情報