西首塚

 
 

別名胴塚とも呼ばれる戦死者埋葬の地

「西首塚」は、JR関ケ原駅前から国道21号線を西へ700mほど行ったところにあります。「東首塚」と同様、当時この地の領主であった竹中重門が徳川家康の命により、関ケ原の戦いで戦死した兵士たちを埋葬しました。現在は高さ2m、周囲30m程の塚ですが、JR東海道本線の敷設の際に埋葬されていた白骨が大量に出たところから、当時は相当な規模であったと思われます。「西首塚」は、別名胴塚とも呼ばれています。また、東は東軍関連、西は西軍関連の首塚とする説もあります。なお、塚の正面にある御堂は、地元の奉納により千手観音と馬頭観音が安置されています。
 
 
 
 
 

独特な首取り武将、その名も「笹の才蔵」

東軍・福島正則隊の侍大将の可児才蔵は武勇を高く評価された武将でした。関ケ原の戦いで才蔵は討った首に目印として、笹の葉を耳や鼻、口などに挿しておいたのです。この時討ち取った首の数は17個といわれています。この数は、1つの戦で1人の武将が討ち取った首の数としては非常に多く、東軍髄一の数だったといわれています。
 
「関ケ原合戦図屏風」
「関ケ原合戦図屏風」
エリア 駅周辺
住所 関ケ原町大字関ケ原2236
駐車場 なし
WC なし
アクセス JR関ケ原駅からR21を西へ700m

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