田中吉政陣跡

 
 

石田隊と激突!

「田中吉政陣跡」の碑は「関ケ原町歴史民俗資料館」から50mほど南、「徳川家康最後陣跡」のすぐ隣にあります。以前は、関ケ原字甲斐墓という場所にあり、現在の陣場野に移されたのは昭和62年のことでした。『関原合戦図志』によると、合戦時の田中隊のはっきりとした布陣地はわかっていないようです。田中隊はここから石田隊に向かって兵を進め、笹尾山麓より討って出る先手の兵と激突しました。また、石田隊の右翼・蒲生郷舎と戦ったのではないかという説もあります。
 
 
 

吉政の大手柄!?

田中吉政は、東軍武将ではありますが、石田三成とは屋敷が近かったこともあり、親交があったそうです。関ケ原の戦いで敗走した三成を捕らえたのは、皮肉にも、この田中吉政。しかし吉政は昔の関係を重んじて、捕らえた三成のことを厚遇したそうです。そして三成も、「自分を捕らえたのが吉政でよかった」といった言葉を残したとされています。
 
 
 
エリア 駅周辺
住所 関ケ原町大字関ケ原959-2
駐車場 なし
WC なし
アクセス 関ケ原町歴史民俗資料館から南へ50m

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