島津義弘陣跡

 
 

巧妙な鉄砲戦略

「笹尾山・石田三成陣跡」より、南に約800m下った辺りが、「島津義弘陣跡」だといわれています。現在は神明神社の森が広がっており、この神社の裏側には「小池・島津義弘陣所跡碑」があります。ここは合戦時、西軍布陣地のほぼ中央部に位置します。島津隊といえば、鉄砲を巧妙に使って戦ったことで有名です。陣中では壕も掘らず、柵も作らず、鉄砲隊は交互に入れ替わり狙撃し、騎馬隊を撃ち落としていたそうです。また、的中突破の戦場離脱の話も有名ですが、それだけでなく、わずか800名程度ともいわれる少数部隊で、西軍を中央から援護していたという事実を踏まえて史跡を巡ると、陣跡の景色もまた違って見えてくるのではないでしょうか。
 
 
 
 
 

人情味溢れる九州の雄

島津家を躍進させた義弘は、人情味溢れる性格だったといわれています。主従分け隔てなく下級の兵士と囲炉裏を囲み、自らの家族だけでなく、家臣に子どもが産まれると、自らの館に招き入れ祝福したといわれています。敵方にも情け深く、朝鮮出兵の際に討ち取った相手を供養したそうです。周囲の反対を押し切り、関ケ原合戦に西軍として参加したのも、三成に対する恩義によるものです。義弘の人情深い性格が、数々の窮地に陥った島津家を救ったに違いありません。
 
 
 
エリア 駅周辺
住所 関ケ原町大字関ケ原1869-3
駐車場 4台
WC なし
アクセス JR関ケ原駅より北西に徒歩15分

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