開戦地

 
 

ここから天下分け目の戦いが始まる

北天満山を背にした西田運動広場の入口に、「開戦地」の大きな碑があります。合戦当日の朝、霧が薄くなったのをきっかけに松平・井伊隊が、先峰の福島隊の脇を通り抜け、宇喜多隊の前へ進出し発砲。この井伊隊の抜け駆けに怒った福島正則が、宇喜多隊に対して一斉射撃を掛けたのがこの場所であるといわれています。現在の標柱の位置は、圃場整備によって史跡指定時よりも約300m北に移動しています。またこの辺りは合戦場のほぼ中央にあたり、全域水田が広がり、近くに近代的建築物もないため、当時に思いをめぐらすには最適な場所です。この平地を武将たちが実際に駆け回ったと思うと感慨深いものがありますね。
 
 
 

井伊隊の抜け駆けで合戦の火蓋が切られる

「徳川四天王」の一人である井伊直政は、家康の天下獲得戦で多く先鋒を務めていました。関ケ原の戦いでも当然先鋒を務める腹づもりでしたが、決定したのは豊臣から寵愛されていた福島正則。それに不満を感じた井伊隊は、福島隊を出し抜いて先駆けに成功したのです。この井伊隊の突然の発砲により、静まりかえっていた関ケ原に火の手があがり天下分け目の戦いが始まったのです。
 
 
 
エリア 伊吹山(駅北)
住所 関ケ原町大字関ケ原2368-1
駐車場 15台
WC なし
アクセス R21松尾交差点から北へ車で2分

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