妙応寺・地獄谷・長江氏の墓

 
 

県下最古の曹洞宗寺院

今須宿の中ほど、国道21号線の高架を越えたところに「妙応寺」があります。この寺は室町時代の初め、正平15年(1360年)に、今須領主長江重景が、亡き母・妙応のために創建した県下で最も古い曹洞宗寺院です。門扉には菊花紋章が埋め込まれ、荘厳な本堂が建ち、五百羅漢が整然と並ぶ姿は壮観です。美濃三十三霊場の第18番札所でもあります。宝物館には史料・寺宝・妙応が使った枡・関ケ原出身の喜田華堂筆の縁起絵巻…などが残っています。また、この寺の裏山には伝説の巨人・ダダ法師の足跡があります。モッコ(縄を網状に編んだもので、主に土や砂などを入れて運ぶ)で伊吹山と養老山を作り、モッコから落ちた土で南宮山ができたと伝えられ、その時の足跡だといわれています。
 
 

 

また、この寺の敷地内には、徳川家康が関ケ原合戦を終え、腰掛けて一服したと言われる「東照宮天下御踏台」があります。激しい戦いの後、家康はこの神社に何を感じ腰を下ろしたのでしょうか?  
 

地獄谷伝説!?

室町時代の初め、旅の高僧が今須の観音堂にて一夜を過ごしていると、夜中に2匹の鬼が現れ老婆を串刺しにして食べていました。翌日高僧はその老婆が領主長江重景の亡き母・妙応であることを知り、重景とともに妙応の供養を行いました。その夜2人が堂に篭ると、昨夜のように鬼と妙応が現れましたが、妙応は鬼に供物を捧げ許されました。その後重景は妙応寺を建て、この地は地獄谷と呼ばれるようになりました。
 
 
 
エリア 今須(駅西)
住所 関ケ原町大字今須2591-1
駐車場 30台
WC あり
アクセス R21今須より東へ徒歩10分

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