今須宿問屋場(といやば)

 
 

美濃16宿で唯一、現存する問屋場

中山道の今須中学校を越え西へ100mほど進むと、今須宿問屋場(現在は、山崎家)があります。交通の要所である今須宿にはもともと7軒の問屋場があったそうです。中山道美濃16宿のうちで、当時のまま現存し、その威容を今に伝えているのはこの1軒だけだそうです。縁起物の永楽通宝の軒丸瓦や、広い庭と吹き抜けなどから、当時の繁栄振りがうかがえます。問屋場とは江戸時代、宿場を円滑に運営するために、宿役人が業務を行った場所です。ちなみに、宿役人のおもな業務は、幕府の公用旅行者のために人足・馬・宿泊所の手配や、幕府の書状(公用文書)を運ぶ飛脚の管理などでした。
 
 
 

「今須騒動」って何?

明治維新の参勤交代廃止によって宿場町はさびれ、全国的な凶作で物価も上がり、農民は大きな被害を受けました。今須宿の農民は明治2年(1869年)村役人に対して借金の返済延期、貯蔵米の貸下げ、助郷人足賃の支払いなどを要求しましたが、これが聞き入れられなかったため、本陣や庄屋を襲いました。驚いた村役人らは大垣藩に鎮圧を依頼し、藩兵数百人が出動して武力で鎮めました。これが今須騒動です。この騒動を皮切りに、栄華を極めた今須宿は衰退していきました。
 
 
 
エリア 今須(駅西)
住所 関ケ原町大字今須3447
駐車場 なし
WC なし
アクセス R21今須より東に徒歩5分

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