黒血川

 
 

古代の戦いの名残をとどめる川

「黒血川」は、関ケ原の北西にある城山の麓を源とし、中山道を北から南へと横切っています。東海自然歩道の城山周辺のうっそうとした森の中では、さらさらと流れる渓流になっています。そこから進み、中山道と交わる場所にある「鶯の滝」は、その昔中山道を歩く旅人の憩いの場所であったそうです。滝より下流は、川幅も広くなり、峡谷の様を呈してきます。「黒血川」は、元々山中川といわれていましたが、壬申の乱で両軍の兵士の流血が川底の岩石を黒く染めたことから「黒血川」の名が付いたといわれています。
 
 
 

6万人以上が戦った、壬申の乱

壬申の乱における大友軍は総勢3万人の大部隊でした。対する、大海人軍は私領地であった大垣・安八郡・養老郡の兵士と東国からの兵力に加え、さらに尾張の国司が連れてきた2万の軍隊を合わせて3万人の軍隊を率いていました。当時の日本人の100人に1人がこの戦に参加していた計算になるそうです。それだけの多くの兵士が戦いに参加したのですから、川が血で染まったという「黒血川」の由来にも納得がいきます。
 
 関ケ原かるた
 関ケ原かるた
エリア 駅周辺
住所 関ケ原町地内
駐車場 なし
WC なし
アクセス R21沿い近鉄山中バス停付近

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